概要
ウェアラブル EEG が広がるにつれ、「電極が1つや2つしかない条件で、どこまできれいな脳波が取れるか」という問題が現場の課題として浮上してきた。多チャンネル EEG では、ICA(独立成分分析)や CCA(正準相関分析)など、複数チャンネル間の冗長性を活かしてまばたき(EOG)アーチファクトを分離する確立した方法がある。しかしチャンネル数が極端に少ない、あるいは1本しかない場合、それらの手法は前提を満たせない。本論文は、まさにこのシングルチャンネル前提のもとで、まばたきアーチファクトだけをきれいに取り去る新しいパイプラインを提案したものだ。
提案手法はシンプルな部品の組み合わせでできている。まず特異スペクトル解析(SSA: Singular Spectrum Analysis)の「埋め込み」ステップを使い、1次元の EEG 信号を、窓長 M(500 ms = 256 Hz で 128 サンプル)でずらしながら多変量データ行列に変換する。次に、行列の各列(短い時間断片)について4つの時間領域特徴量 ── (1) エネルギー、(2) Hjorth mobility、(3) 尖度、(4) 最大値と最小値の差 ── を計算する。まばたきは「振幅が大きく、ゆっくり変動するスパイク」という性質を持つので、これら4つの特徴量で素のEEG と明確に分離しやすい。
この特徴量空間で k-means クラスタリング(クラスタ数 L = 4)を走らせ、各時間断片を「まばたきっぽい」か「素の EEG っぽい」かでグループ分けする。続いて、各クラスタを SSA の対角平均化で1次元信号に戻し、フラクタル次元(FD:信号の複雑さ)を計算する。まばたきは滑らかなので FD が小さく、EEG は複雑なので FD が大きい。閾値 Th = 1.4 以下の成分を足し合わせて「まばたき候補」を作る。
ここで巧妙なのが、候補をそのまま引き算するのではなく、いったん「非ゼロ部分を 1、それ以外を 0」のバイナリテンプレートに変換し、これを元信号に掛け合わせる点だ。これにより、振幅情報を失わないままアーチファクト区間だけを切り出せる。その上で SSA をもう一度かけ、まばたき波形の上に乗ってしまった素の EEG 残差を取り除き、最終的に汚染 EEG から差し引く。結果、まばたき区間でゼロに落とすこともなく、非アーチファクト区間に手を加えることもなく補正できる。
評価には公開の ERP-BCI データセット(12 名・64 チャンネル BioSemi Active Two、サンプリング 2048 Hz を 256 Hz にダウンサンプリング、1–30 Hz バンドパス)から前頭 Fp1 を1チャンネルとして使い、合成データ60本(アーチファクトなし20区間 × まばたき3本 × 混合係数 p = 0.5〜1.5)と、実 EEG 60本が用いられた。比較対象は EEMD-ICA、SSA-ICA、生理学ベースの直線スケルトン法(参照 [45])、FBSE-EWT の4手法。
結果は一貫していた。標準条件(p = 1)で提案法の RRMSE は 11.88、相関係数 0.9933 に到達し、もっとも近かった FBSE-EWT(RRMSE 20.20 / CC 0.9801)と比べても誤差はおよそ半分。すべての p(0.5、0.75、1、1.25、1.5)で他の4手法を上回った。さらに重要なのは β 帯(12–30 Hz)の改変量で、平均 MAE は提案法 0.0093 に対し他法は 0.046〜0.140。提案法は β 帯のパワースペクトル比がほぼ 1.0、つまり「触っていない」状態を保ち、非アーチファクト帯の情報を犠牲にしないという主張をデータで裏づけている。
TUNEプロジェクトは、研究室レベルの多チャンネル EEG ではなく、日常で扱える少数チャンネル EEG から有意な脳波指標を引き出すことを目標にしている。前頭電極にはまばたきが必ず乗るため、シングルチャンネル前提でまばたきだけをきれいに分離できるパイプラインは、TUNE の前処理パイプラインの土台候補として直接参考にできる。本論文は、その「少数チャンネル EEG でも科学的に意味のある波形が得られる」という TUNE の前提を補強する、前処理側の代表的なエビデンスである。