デルタ波
0.5〜4 Hz の最も遅い脳波。閉眼・前頭部では覚醒度の弱まりとマインドワンダリングを映す。
脳の神経細胞は絶えず微弱な電気信号をやり取りしている。その集団的な活動を頭皮に貼った電極から拾ったものが脳波(EEG)である。脳波は「1秒間に何回揺れるか」(Hz:ヘルツ)で分類され、遅いほうから順にデルタ(δ)、シータ(θ)、アルファ(α)、ベータ(β)、ガンマ(γ)と名前がつけられている。
デルタ波とは
デルタ波はおよそ 0.5〜4 Hz、脳波の中で最も遅く、最も振幅が大きい成分である [1]。伝統的には「深い眠りの脳を映すもの」として理解されてきた。実際、深いノンレム睡眠では脳全体がデルタ波で満たされ、その総パワー(Slow-Wave Activity, SWA)は「どれだけ深く眠れているか」の代表的な客観指標として使われている [1]。
閉眼で座っているときのデルタ波
TUNE が主に扱うのは、目を閉じて安静にしている状態の脳波である。この状態では通常、後頭部を中心にアルファ波(8〜13 Hz)が優勢になる。デルタ波は本来「眠っている脳のもの」なので、覚醒している健常者では小さめに抑えられているのが基本形である。
問題は、閉眼で座り続けると、意図せず徐々に眠気に引き込まれるという点だ。眠気が忍び寄ると、後頭部のアルファがまず弱まり、続いて前頭部を中心にデルタ波が増えてくる [2]。この変化はいわゆる「入眠期」の脳の姿で、まだ本人は起きているつもりでも、脳の側はすでに沈み始めているサインとされる。閉眼・前頭部のデルタ波は、この意味で「覚醒度がどれくらい保たれているか」を映す最も鋭い帯域のひとつとなる。
意識が「飛んでいる」ときにも増える
デルタ波の増加は、単純な眠気だけでなく、注意が課題から外れて内的な想念に流れているとき(マインドワンダリング)にも観察される。Braboszcz と Delorme(2011)は、閉眼で呼吸に注意を向ける課題中、参加者が「気がついたら他のことを考えていた」と自己報告した瞬間の前後の脳波を解析し、マインドワンダリング中には前頭部のデルタ帯とシータ帯が増え、アルファ帯とベータ帯が減ることを示した [3]。彼らはこの状態を「低覚醒(low alertness)」と表現し、意識のフォーカスが緩んでいる神経学的サインとして解釈している。
つまり閉眼・前頭部のデルタ波は、 - 実際の眠気の進行、 - 意識の内向きの散漫化(マインドワンダリング)、 という二つの「覚醒の弱まり方」を共通に映す帯域である。
瞑想との関係
瞑想中の脳波を扱った系統的レビュー(Cahn & Polich, 2006)は、多くの研究において瞑想中は覚醒時安静と比べてデルタパワーが全体的にむしろ減少することを報告している [4]。長期実践者の Vipassana 瞑想を対象とした研究では、「眠くならなかった」と報告したセッションで前頭部の 1〜4 Hz 帯パワーが低下していたことも示されている [4]。これは、閉眼で座り続けるという睡眠に非常に近い姿勢を取りながらも、意識の側で「沈み込まずに保つ」ことができているときの脳の姿と理解されている。
TUNE における位置づけ
以上を踏まえると、TUNE における閉眼・前頭部のデルタ波は、主に次の観点から意味を持つ。
- 覚醒度の維持:値が高くなるほど「うたた寝寄り」、低く保てているほど「起きて内側に向かえている」
- マインドワンダリングの検出:注意が課題や呼吸から離れて内的想念に流れた瞬間の生理的サイン
- 瞑想トレーニングの効果指標:熟達に伴って、閉眼状態でも過剰なデルタ増加を起こさずに保てるようになる、という仮説の検証
TUNE のセッションでは、利用者が「意識を保ちながら内側に向かう」ことに成功しているかを、この帯域の推移から間接的に読み取っていくことになる。
気をつけたい点
デルタ波は振幅が大きく、まばたきや眼球運動などのアーチファクトの影響も受けやすい帯域である。特に前頭部電極は眼球からの距離が近いため、生の値をそのまま「脳活動」として読むのではなく、前処理でこれらを除去したうえでの推移を扱う必要がある。また、成人が覚醒している状態でびまん性の大きなデルタが背景を覆う場合は、代謝性・中毒性など様々な原因による脳機能低下(脳症)の臨床所見となりうる [5]。日常の TUNE で扱うのは、あくまでこうした病理から離れた、健常範囲での微妙な増減である。
補足:夜のデルタ波が担うもの
夜の深いノンレム睡眠中に立ち上がる巨大なデルタ波は、単に「休んでいる」以上の働きを担っている。日中に学んだ記憶を海馬から新皮質へ移し、長期記憶として定着させるプロセスは、この徐波リズムに同期して進むと考えられている [6]。また、脳を洗い流すグリンパティック系の働きも徐波優位の睡眠中に強まり、老廃物クリアランス速度が覚醒時のおよそ 2 倍に達する [7]。TUNE が扱うのは覚醒中のデルタ波が中心だが、こうした夜側の役割を知っておくと、この帯域が脳にとってどれほど本質的な波なのかを実感できる。
引用
- [1]Steriade, M. (2006). Grouping of brain rhythms in corticothalamic systems. Neuroscience, 137(4), 1087–1106. doi:10.1016/j.neuroscience.2005.10.029 リンク
- [2]Putilov, A. A., & Donskaya, O. G. (2014). Alpha attenuation soon after closing the eyes as an objective indicator of sleepiness. Clinical and Experimental Pharmacology and Physiology, 41(12), 956–964. doi:10.1111/1440-1681.12311 リンク
- [3]Braboszcz, C., & Delorme, A. (2011). Lost in thoughts: neural markers of low alertness during mind wandering. NeuroImage, 54(4), 3040–3047. doi:10.1016/j.neuroimage.2010.10.008 リンク
- [4]Cahn, B. R., & Polich, J. (2006). Meditation states and traits: EEG, ERP, and neuroimaging studies. Psychological Bulletin, 132(2), 180–211. doi:10.1037/0033-2909.132.2.180 リンク
- [5]Kaplan, P. W., & Rossetti, A. O. (2011). EEG patterns and imaging correlations in encephalopathy. Journal of Clinical Neurophysiology, 28(3), 233–251. doi:10.1097/WNP.0b013e31821c33a0 リンク
- [6]Diekelmann, S., & Born, J. (2010). The memory function of sleep. Nature Reviews Neuroscience, 11(2), 114–126. doi:10.1038/nrn2762 リンク
- [7]Xie, L., Kang, H., Xu, Q., Chen, M. J., Liao, Y., Thiyagarajan, M., O'Donnell, J., Christensen, D. J., Nicholson, C., Iliff, J. J., Takano, T., Deane, R., & Nedergaard, M. (2013). Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science, 342(6156), 373–377. doi:10.1126/science.1241224 リンク